「あつい涙」の編曲・初演の経緯とその後 Ver.1.10h (1999.8.24)

(C)1999 鹿児島大学男声合唱団フロイデコール&楠声会合唱団

文責:黒木荘一郎@楠声会合唱団
E-Mail:

 

本文書は、「鹿児島大学男声合唱団フロイデコール」およびそのOBによって組織された「楠声会合唱団」で愛唱されている

「あつい涙」(作詞 岡田憲和 作曲 鈴木淳 編曲 郡山脩)

の編曲の経緯や初演とその後他団体でも愛唱されるようになった経緯について、現時点での情報(証言)を整理したものです。
記載されている情報は十分とは言えませんが今後判明した情報(証言)などを追加・修正していく予定です。情報の収集にご協力頂ければ幸いです。
#本文で追加・修正した部分は色を変えてあります。
情報はメーリングリストなどで寄せられたメール本文を引用している部分もあります。 改行位置や不要部分の省略など最小限の編集を行っています。ご了承下さい。m(_ _)m
間違いなどがありましたらお知らせ下さい。

 

目次

1.はじめに

2.編曲・初演の経緯

3.楽譜譲渡(合同演奏)の記録

4.他団体での演奏記録

5.その他(歌い方など)

付録.変更履歴

 


1.はじめに


「あつい涙」はフロイデコールや楠声会で機会(入団&卒団式・コンパ・総会・演奏会の打ち上げ・・・)あるごとに、ストームのラッソ(ラストソング)として必ず歌われている実に味わい深い愛唱曲です。
全員円陣で肩を組みリズムに合わせて左右に体を揺らしながら歌います。
歌い終わると「フレー!、フレー!、、、フロイデ!」などと大声でストームをかけます。
気勢をあげ気分良くお開きとなる定番セレモニー(笑)です。

「ユニゾンで始まり、途中変化があってラストはユニゾンでしめくくる。完全に全員がひとつのメロディに心を合わせて、ストームのしめくくりとするのである。」
(根本千春楠声会会長著「青春のフロイデ」より)

本文書作成のきっかけとなったのは くじ目さん@法政大学アリオンコールの正式ホームページ管理人 からフロイデコールに宛てた下記のメール(1998年11月6日)です。

さて「アリオン」は今年、創立70年を記念しまして「70年史」を制作したのですが、その際にアリオンで愛唱されている「あつい涙」という作品について調べたことがあったのですが、不完全なまま掲載してしまったのです。

話によりますと、「あつい涙」(作詞 岡田憲和 作曲 鈴木淳 編曲 郡山脩)という作品はアリオンが歌う前に関西大学グリークラブが歌っており、その前は鹿児島大学さんの愛唱曲だったらしいとのことなのです。1983年頃のことだと思います。
是非、詳しいこと(作品が譲られた経緯、作品について等)を知りたいので何卒、情報をよろしくお願いします。

フロイデコール(小牟田@平成10年度主将)から相談を受け、楠声会メーリングリストに流したところ多くの情報が寄せられました。以下はそれらの情報や証言(聞き込み^^)をもとに整理したものです。

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2.編曲・初演の経緯 ------ 昭和42年(1967年)


「あつい涙」の編曲・初演の経緯は「青春のフロイデ」(根本千春楠声会会長著)p.88 に以下の記述があります。

この曲は、昭和42年6月24日、第23回定演の第5ステージで、はじめて演奏された。郡山脩編曲のポピュラー青春歌シリーズの中の一曲である。指揮永松雅氏。その前年、鹿児島労音の九月例会で、ボニージャックスが会場の聴衆と歌ったのを、郡山脩氏が採譜編曲したものである。爾来、フロイデの愛唱歌となり、ラストストーム曲として定着した。楽譜(メロディ譜)は巻末に掲載した。

しかし、上記文章中の「郡山脩氏が採譜編曲したものである。」の「採譜」の部分はどうも誤りのようです。片田さん@東京楠声会が永松氏@指揮者に問い合わせたところ以下のことがわかりました。

(片田さん@東京楠声会からの情報)+永松さんからのコメント

郡山先生編曲の「あつい涙」は、昭和42年6月フロイデコール第23回定演で初演されています。その時のポピュラー曲を集めたステージで「女一人」「あつい涙」「しゃれこうべと大砲」「グリーン、グリーン」とともに唱われました。

(文責注:定演パンフ掲載の演奏曲順に編集しました。)

編曲のお願いは、この4曲を持って永松さんが郡山先生の所へ一人で行かれたそうです。
永松さんが、時間がなかったので一週間で4曲の編曲をお願いしたところ、『ひぇー』と驚かれたが結局は一週間で編曲して下さったそうです。

(文責注:郡山先生は初めて「あつい涙」のメロディ譜をみられた様子だったとか)

その年(昭和42年)の2月、フロイデは法政大学混声合唱団鹿児島公演の賛助出演を県文化センターでしました。鹿大はその時丁度試験期間中で、フロイデの演奏の内容は練習不足で良いものではありませんでしたが、合同ステージの最後に福永陽一郎氏の指揮で唱ったアンコール曲「ウ・ボイ」だけが光っていたような苦い思い出がありました。

(文責注:「ウ・ボイ」の合同練習は楽屋でステージ衣装に着替えながらやったとか)

永松さんは、その時法政が各人私服でしかも舞台を歩き回りながら唱った「ヘイ、ジュード」が非常に印象に残ったそうです。それまで比較的アカデミックな選曲をしていたフロイデが、定演にポピュラー曲のステージを選んだことは、選曲した永松さんに少なからず影響を与えたのではないかと思われます。
 (永松さんのコメント「その通りです。」)

永松さんは学生時代よく労音、労演の例会(コンサート)に行かれていましたが、ボニージャックスは行った覚えはなく、またどのようにして「あつい涙」の単旋律を入手したのか今思い出せないとのことでした。

(永松さんのコメント)
上記コンサートは例会に訂正です。
ボニージャックスには行った覚えがあるが、その時「あつい涙」をやったかどうか覚えていない。やったとしたらユニゾンの楽譜を会場で配って皆で歌ったかもしれない。
卒業以来、1996年の東京楠声会忘年会に出席するまで「あつい涙」がストーム曲集に入っているとは思わなかった。まして他大学まで歌われているとは、つゆ知らず、感無量でした。

第23回定演パフレット「曲目解説」には「昨年の鹿児島労音の9月例会で、ボニージャックスが、会場の人と歌った歌で、覚えていらっしゃる人もあるでしょう。」とだけ短く書いてあります。

以上が「あつい涙」編曲・初演の経緯ですが、編曲者の郡山脩先生@フロイデコール昭和28年卒について付記しておきます。

(第3回楠声会合唱団演奏会パンフレット「(故)郡山 脩氏のこと」より引用)1998.10.11

 いつも笑顔を絶やさない温厚な紳士の郡山脩氏であったが、こと音楽、特に作編曲にかけては正に天才的な能力を発揮して、我々のために惜しげもなく材料を提供してくれた。
 教育畑を歩んだのだが、その道に進めたら一流の作曲家になれたであろう逸材だった。
 「技術的なことは、音楽を形作る不可欠の要素としながらも、なお、音楽する心に支えられなければ生命を失う。」これが、彼の信条であった。昭和48年ウィーンに留学。昭和51年事故により惜しくも他界された。
 本日の組曲「火の島〜桜島〜」のほか、管弦楽曲「えらぶの歌」、ピアノ曲「土俗風の旋法によるトッカータ」、混声合唱曲「南の島の歌」等々多彩な数々の名作を残している。中でも琉球旋法を取り入れた「えらぶの歌」は、MBCジュニアオーケストラのアメリカ演奏旅行で、最も好評を博した曲と言われている。

(文責注:フロイデコールの愛唱曲集「ストーム曲集」にも数多くの編曲が収録され我々の財産となっています。)

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3.楽譜譲渡(合同演奏)の記録 ------ 昭和59年(1984年)


●関西大学グリークラブとのジョイントコンサート
(昭和59年3月 於:中央公民館)

関西大学グリークラブに楽譜が譲られた件については田中(真)氏@当時の指揮者から情報がありました。

昭和59年3月にジョイントコンサート(中央公民館)があり、合同ステージのアンコールとして「あつい涙」を演奏したそうです。楽譜は前もって関西大学グリークラブに送ったそうです。

(文責注:現時点での楽譜譲渡の最初の情報です。)
#昭和42年の初演から昭和59年まで時間が空きすぎの感じはありますが

その後関東・関西六連や東西四連などの交流で他のグリークラブにも歌い継がれているらしいとのことです。#これは未確認情報です。

●法政大学アリオンコールジョイントコンサート
(昭和62年7月)の打ち上げ

この演奏会については中江さん@東京楠声会から下記の情報をいただきました。

関西大学は法政大学アリオンコールと毎年ジョイントコンサート(現在は隔年になってしまいましたが)を行っているという 関係で「あつい涙」もアリオンコールへ伝わっていったと思われます。
ちなみに関西大学経由で「鹿児島にすごい合唱団 があるぞ」という話がいったのかどうかは定かでありませんが、当時のアリオンの演奏旅行マネージャーをやっていた人が鹿児島出身だったということもありまして、アリオンコールの 南九州演奏旅行が実現。昭和62年8月(だったかな?)
フロイデコールとのジョイントコンサートが行われました。
もちろん打ち上げの席で両校いっしょに「あつい涙」を歌ったことはいうまでもありません。(当時私は4年生でした)

(文責注:ということはすでにアリオンさんのレパートリーになっていた?アリオンさんへは関大経由で楽譜が譲渡されたのでしょうか?)

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4.他団体での演奏記録


ここでは他団体での演奏記録をまとめます。情報をお寄せ下さい。

・昭和59年または60年 関西大学グリークラブ定期演奏会のアンコール(#未確認)

・平成5(1993)年4月11日 NHK-ETV「ファイト」という番組で関西大学グリークラブが演奏

(くじ目さん@法政大学アリオンコールOBからの情報)

この曲、関大グリーも演奏会や宴会に歌っておりまして、かつてNHKで放送していた「ファイト」という番組の企画で「グリークラブ対決」というのがありまして、関大が「あつい涙」を、相手の東大コールアカデミーが「野バラ」を歌って、圧倒的な曲の支持で関大が勝ちました。そんなこともありました。

関大がテレビで歌った「あつい涙」ですが、その時のビデオを所有しております。
もしご興味がありましたら、お送りさせていただきますけど。

(文責:ビデオ見せていただきました。くじ目さんありがとうございました。楠声会メンバーに回覧中です。関大グリーの雰囲気はフロイデと一脈通じるところがあります。体育会系ぽいというか。(^^;)

・平成10年12月 関西大学グリークラブ第40回定期演奏会のアンコール

(中江さん@東京楠声会から)

関西大学グリークラブのHPを見ていたら、昨年12月におこなわれた、関西大学グリークラブの第40回定期演奏会のアンコールでしっかり歌ってもらっていました。しかも3曲のアンコールの中で一番最後に。
これって、毎年歌ってもらっているんでしょうか?

・関西大学グリークラブ 第34回(平成4年)および 第38回(平成8年)〜第41回(平成10年)までの定期演奏会アンコール

(間和史さん@関西大学グリークラブ第44期OBからの情報)

関大の定期演奏会のアンコールの最期の曲は何十年ものあいだ「さよならね」という曲を歌っていましたが、第47期生が第38回の定演からアンコールの最期の曲を「熱い涙」にしました。それ以来去年の定演(第40回)まで続けています。そう言えば、私が3回生のとき第34回定期演奏会のアンコールで「熱い涙」を歌いました。

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5.その他(歌い方など)


●くじ目さん@法政大学アリオンコールOBから

「あつい涙」ですが、アリオンでも必ず宴会やイベントの最後に歌っております。
一番は立ってそのまま、
二番のバリトンソロを四年生全員で歌い
三番は円陣を組んで歌います。

こうなったら、鹿児島大と関大とアリオンで「あつい涙」フォーラムみたいなものをやったらどうでしょうか?内容は判りませんが・・・
何か合同でできないだろうか?

(文責注:フロイデのHPにフォーラムを開設しました。)

(くじ目さんからの追加情報です。)
三番で円陣を組んだ時に体を横に揺すったりしています。バリトンは四年生が歌っている間は黙っているかベースのパートを歌っていますね。ここを歌えるようになると、最上級生になったんだなと再認識するのです。
この14日にある卒団式では、大変盛り上がる部分です。涙涙ですね。
締めくくりの歌は「蛍の光」がありますが、これは卒団式の後のみで、それ以外は「あつい涙」です。

(文責注:アリオンさんの歌い方には感心しました。二番は4年生になってしか歌えないには大拍手です。アリオンさんが「あつい涙」を門外不出の秘曲として大事に歌って下さっている意味がわかるような気がします。)

●新訂フロイデ用語辞典(フロイデコールHP)より

ラスト! 

ストームの終わり。"ラストソング"を略して"ラッソ!"と言っていたこともある。
この号令で全員肩を組むと、左右に体を揺らしながら、「熱い涙」郡山脩氏(フロイデ一回生)編曲をうたう。 酔ったからだを大きく揺らし、さめざめと高らかに歌う声が輪の中心で渦巻きハーモニーし、実に快い。 卒業コンパや追い出しストームの時は、先輩が皆と握手をし、声を掛けながら一周する。
本当に熱い涙が流れ落ちる。 

●関西大学グリークラブ第44期OBの間和史さんより

定演のレセなどではみんなで肩を組んで歌います。
演奏会などで普通に歌うときも、3番の頭から「あふれる涙なんとしょう。」までは、かなりテンポを落とします。4分音符=50bpmくらいですかね。音量もmpくらいにします。
で「俺を哀れと...。」から元に戻します。そして、繰り返しの「そうさそうだよあの日から」からまた音量を落とし、dimしていきます。さいごは、消えていくように(smorzでしたか?)終わります。
あと、3番の「あふれる涙」のリズムが関大版(と呼んでよいのでしょうか?)は違います。フロイデさんの正調は「あふ〜れ〜るな〜み〜だ」ですが関大では「あ〜ふ〜れるな〜み〜だ」と歌っております。(わかりにくいな...)つまり、関大版は「る」が1拍目の頭に来ているのです。
それと、1番の「真っ赤に」もフロイデさんは「まぁーっかーに」と伸ばしておられましたが、関大では「まっ  かーに」と思いっきり力をこめて切ります。
まさか、自分たちの歌い方が正調と違うとは思ってもみませんでしたが時代を経て、ちょっとづつ変わって来たんでしょうねぇ。

(さらに間さんより、定演アンコールでの歌い方について追加)
38回からの定演での演奏方法ですがまず1番から3番の“あふれる涙なんとしょう”まで歌います。つぎにメロディの最初からハミングになります。ここでナレーションが入ります。
「皆様とともに時のたつのも忘れ楽しく過ごしてまいりました、第○回関西大学グリークラブ定期演奏会も、もうお別れのときがやってまいりました。この演奏会が皆様の心の片隅に残り、(そして一粒の涙が)希望に満ちた明日への掛け橋となりますことをわれわれグリーメン一同心より願っております。そして再びお会いできますことを...。」
ここで「若い血潮をたぎらせて...。」と入ってきます。
このナレーションは以前のアンコールの「さよならね」でも使われておりそのときは( )内のコメントがありました。

関大版の歌い方にひとつ追加で、「でっかい夢を見たっけな」は関大では「でっ  かーい」と「まっ かーに」のように切ります。

(文責注:関大グリーさんの定演のフィナーレが目に浮かび、耳に聞こえてきそうです。アンコールの定番にされているだけあって、歌い方には目からうろこです。フロイデや楠声会は楽譜に忠実に正調?で歌っています。関大版を参考にフロイデの定演フィナーレができるといいですね。#まずは部員を増やさないといけませんが。)

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付録 本文書の変更履歴

Ver.1.10h (1999.8.24) 間和史さんからの情報を追加。御三家の情報が揃う。その他微修正。
Ver.1.03h2 (1999.5.29) 配色・スタイルシートなど、ビジュアル面の変更
Ver.1.03h (1999.2.6) 定演パンフ曲目解説追加・ラスト!追加・微編集
Ver.1.02h (1999.2.6) 永松さんのコメント追加・ファイトの日付判明・くじ目さんからの「歌い方」追加情報
Ver.1.01h (1999.1.30) HTML版公開
Ver.1.01 (1999.1.29) 微修正
Ver.1.00 (1999.1.23) 最初の文書

 



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